手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

手元供養のひろくに屋

スポンサーサイト

--/--/-- -- --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告

一歩、一歩

2007/04/17 Tue 19:42

お墓の前で泣かないでください。
私はそこにはいません、死んでなんかいないのです。(千の風より)

この“死んではいないのです”に異論の声もあります。

異論とはいっても過激な話ではなく、
現実を受け入れて、しっかり涙し悲しむことの大切さを訴えるものです。
私自身も、現実は受け入れるべきだと考えています。
そして現実を受け入れてほしいと考えています。
しかし受け入れられる期間について考えが欠けていました。
(書きながら感じましたが、“現実”ってキツイ言葉ですね。)

今から2年前、結婚を目前に控えた一人息子さんを事故で失ったHさんから電話をもらいました。遺骨をそばに置いてあげたいけど・・・、しかし手元供養をしたら死を認めるようでできませんでした。

先週末、Hさんが意を決して手元供養をお求めになりに遠路訪ねてこられました。しかしいまだに頭ではわかってはいるけど、気持ちが受け入れられない、受け入れたくないという気持ちに変わりはありません。息子は遠くに出かけているんだと言い聞かせておられました。
映画やドラマで人が死ぬ場面を見ることが受け入れられない・・。日々こころの中で現実と願望の葛藤で苦しんでおられます。

私は、Hさんに会って、現実を受け入れてくださいなど、他人が言えるものではないことを知りました。当事者の思いを深く察したことがないことを気付かされました。

みんながみんな強い人だとは限りません。
現実を受け入れるのに必要な時間も異なります。
息子を失った母親の思いは計り知れません。

少しづつ、ゆっくり自分なりの速度で受け入れていけばいいのです。

しかし私も息子の立場として思いの葛藤がありました。お母さんには笑顔を取り戻して欲しい。一度しかない人生を楽しんでほしい・・。急がないでいいけど、一日でも早く・・思いに板ばさみ・・。

千の風に付け加えたい言葉があります。
私はそこにはいません、死んでなんかいないのです。
あなたの心の中に生きているんです。と。

Hさんが『みんなで一緒に』と撮ってくれた写真を送ってくれました。
少しづつ笑顔を取り戻してください!
SN321570.jpg

博國屋しゅうすけ

スポンサーサイト
お客様との出来事など | コメント(0) | トラックバック(0)

骨壷あけていいの?

2007/04/06 Fri 18:24

今日は京都からのお客さま。
京都府外からのお客さまが多いのでひそかに嬉しい。

京都の桜は今が見ごろ。
お越しになったお客さまKさん(お母さん、娘さん)も
歩こう会で6㌔の散策を楽しんできたとのことでした。
(お母さまは80歳と聞きびっくり。お若い!!)

先月お父さんが逝去され、納骨前に手元供養を。
と、昔の新聞記事を見てのお越しでした。

事前に手元供養を知っていただいてたことに感謝!
記事を載せてくれた新聞社に感謝!
そう、手元供養は納骨後では遅いのです。納骨後でもされた方はいらっしゃいますが・・


さて、骨壷を開けていいの?ですが、
Kさんに聞かれ、その後別の電話でも訊ねられました。

みなさんはどう思われますか?
・・
聞いているのに「え、あけていいの?」って思われません?笑

僕も祖父の骨壷を開けるときに手は開けようとしてるのに、
あけていいの?あけていいの?と自問しながら手を動かしていたように思います。

この辺が共通の理由ではないでしょうか、
・怖い ・バチがあたる ・なにかにとりつかれそう
・経験がないので分からない ・変わり果てた姿を見るのがしのびない、かわいそうetc
最愛の方であっても見慣れない姿なのが受入れ難いのでしょう。

ここでいったん整理します。
・骨壷を開けるのに資格はありません。(ご承知でしょう。)
・宗教者でないと遺骨や骨壷を触ってはいけないなんてこともありません。(でもなんとなくそんな思い込みはありますね。)
・バチはあたらないでしょう。(私と祖父の関係においては一切心配なし)

ということで、気持ちの問題次第かと思います。
骨壷を開ける際に、
「おじいちゃん、手元で供養してあげるからね。」
「お母さん、これからもそばにいてね。」
「わたしのお守りになってくだい。」
と、その方への想いを伝えながら骨壷を開け手元供養に分骨してみてはいかがでしょうか。

天気のいい日、好きな音楽をかけながら・・

200704061217000.jpg

大切な方との新しい関係づくりに
どうぞ手元供養をお役立てください。

(博國屋 しゅうすけ)

お客様との出来事など | コメント(0) | トラックバック(0)

桜葬という選択。

2007/04/04 Wed 20:50

みなさん桜葬ってご存知ですか?

週末3/31に東京町田で行われたエンディングセンターの
第二回桜葬メモリアル(合同慰霊祭)に参加してきました。
20070405222242.jpg

桜葬とは、いわゆる樹木葬で、桜の元に埋葬される葬法です。
“桜の元に眠りたい”に思いを馳せ、エンディングセンターが3年掛かりで実現した埋葬の新しい選択肢です。

桜葬メモリアルは“学び” “癒し” “楽しみ”のある
①基調講演 ②慰霊祭 ③交流会の3部構成。

①では、上野千鶴子さん(東大教授)の力強い“おひとりさま”の生き方に引き込まれました。参加者で勇気をもらった単身の方も多かったことでしょう。上野さんは、生涯独身でもなんら問題ないく老いられること。伴侶がいてもどっちか先に死ぬわけだし、(調査結果によると)女にとって亭主がいない老後の方が幸せだ。なんて刺激的なお話をされました。
①の後半は、尊厳死や千の風を切り口に、安穏廟で有名な妙光寺の小川住職のお話や、日本ルーテル教団牧師柴田千頭男さんの経験談には拍手喝采。エンディングセンター代表の井上治代さん、葬送ジャーナリストの碑文谷創さんと豪華パネラーのトークセッションは大変勉強になりました。

博國屋では昨年、手元供養品の展示協力。今年も手元供養の想いをしゃべらせていただき、皆さんにパンフレットを手渡してきました。「博國屋さんが来るのを待っていた方がいるのよ」とエンディングセンターのスタッフの方に引っ張られ賑やかな会場をいったりきたり。
参加者の方もマイクを向けられ、みなさんの人生、桜葬を選んだ決心や波乱万丈の人生などの人生物語を話されました。
お墓や死をご縁に集まった私たちですが、とても明るく和やかなんです!みなさんも是非いちど、おもいきってお墓や葬儀、死の話をしてみませんか?思いがけない気付きがあるかもしれませんよ。

桜葬メモリアルの参加者は約260名。昨年の倍です。
桜の下に眠れること、継承者の有無、宗教の有無、宗派を問わないなど、時代のニーズが顕著に現れているように感じました。
20070405222251.jpg
有志による“千の風”の合唱
20070405222229.jpg

(博國屋しゅうすけ。)
  スタッフ外遊記 | コメント(0) | トラックバック(0)
 | HOME | 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。